旅とは何か?

ずっと考え続けて旅をしてきた。

旅=他火、私の場合の主目的は現地で生活している人々との交流にあると思う。
北海道では、見知らぬ人たちに大変お世話になった。
小笠原では、まだ一度も会ったことのない親戚を探すことが重要だった。そして、島で暮らしている人たちの生の声を聞くことであった。

そのための最低条件はやはり一人旅であることだと思う。日常と切り離した時間を作らなければならない。一人旅であれば一人旅の人とも交流のチャンスがある。

今回は、運よく探していた親戚と会うことができた。これは奇跡だったのかもしれない。
彼の家族ぐるみでの歓迎にはとても感謝している。現地の居酒屋メニューである。
DSC04061
DSC04062

彼には福島出身の奥さんと4歳になるかわいい盛りの娘さんがいる。
初めてお会いするのに、初めてではないような雰囲気、会うべき運命だったような不思議な感じだった。島の環境のこと、世界でここにしかいない固有種のこと、島での生活のこと、南硫黄島の現地調査のこと、とにかく聞きたいことだらけで時間はあっという間に過ぎてしまう。

翌日の午前中、彼が車で父島を案内してくれた。あいにくの雨で景色は見れなかったけれど、ビジターセンターやホエールウォッチング協会などで知り合いを紹介していただきとても有意義であった。
ホエールウォッチング協会の事務局長は自転車好きで自転車の話にも花が咲いた。そうそう、島には自転車屋が一軒もない。一般人はチェーンとスポークが錆びだらけの自転車に乗っている。
親戚の彼がベルト車が欲しいというのでBSCのアルベルトを早速手配した。輸送方法の問題も何とかクリアーできた。

父島では、自転車であまり遠くに行かずに近場のビーチなどでのんびりと過ごした。
DSC04072
DSC04073

LEVELⅡは旅する自転車に最適のポテンシャルを持っていることが分かった。10%こう配ならゆっくり楽々登れる。現行165mmクランク車とは性格がかなり異なる。速く走ることさえあきらめれば面白い自転車が作れるのである。

あっという間に最終日の5月14日を迎えてしまった。15時におがさわら丸は出航する。
見送りに、親戚の彼が来てくれた。船での別れのシーンは私のイメージする旅にピッタリである。
船が汽笛を鳴らしながらゆっくりと岸壁を離れる。甲板に出て精いっぱい手を振った。ああ、演歌の世界である。イルカの歌う『海岸通り』という曲も頭をかすめる。

あなたが、船を選んだのは・・・♪

今回は自転車が活躍する時間は少なかったが、最高の旅であった。
1980年代の北海道ツーリングが蘇ってくる。まだダートだった知床峠が小笠原の旅と重なる。
思い切って来てよかった。いつの日か、もう一度小笠原には来れるような気がする。