出発直前のぎっくり腰にはかなり焦った。

一時は自転車無しで行くことも覚悟した。しかし、何とか腰の痛みを抑え込むことが出来て良かった。

30年間待って、ようやくつかんだチャンスだから、体調が悪ければ浜辺で海を眺めながら昼寝でもいいと思った。しかし、何とかなった!

飛行機輪行は旅するアプローチとしては、全く味気ないものである。

オランダにも行きたかったが、私の出した答えは小笠原諸島であった。選択理由は船でしか行けないこと。”船旅”とは言うが、”飛行機旅”とは言わない。


今回の旅が成功した要因の一つは、父島に住んでいるまだ会ったこともない親戚を探し出せたことである。海洋生物の研究が専門ということと、名前しかわからなかった。母島を立つ前に父島の海洋センターに電話で問い合わせたが、そこにはいなかった。海洋センターで「野生生物研究所」にいるかもしれないと聞き、また電話で問い合わせた。しかし、そこにもいなかったのだが、電話に出ていただいた方が「ちょっと時間をください。」といってわざわざ調べていただいた。「土曜日だから休みかもしれませんが、自然文化研究所にいるはずです。」と丁寧に教えてくれた。とにかくダメもとで電話をかけた。
「そちらに、OOOさんという方はいませんか?」

「はい、私です。」

「実は、私は岩手県田老町のOOの婿ですが、今母島からです。」

「えっ、そうなんですか。父島にはいつ来られますか。」

「明日の16時に父島に着きます。」

「では、夕飯でも一緒にどうですか?宿はどちらですか。」

「OOを予約してます。」

「そこの隣が私の職場なんですよ。」

「えっ、そうなんですか、こんな偶然もあるんですね。」

「では、5時半ころ宿に行きますがよろしいでしょうか。」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします。」

ということで、会えることになった。もし、彼が職場にいなかったら会えなかったかもしれない。

神様はちゃんと見ていてくれたのだ。

当日5時半に初めて彼と彼の奥さんと4歳の娘さんに会うことが出来た。

「わざわざ遠いところようこそ。」と歓迎していただいた。

この出会いがなかったら、旅の楽しさは半分になっていたかもしれない。

彼は、NPO小笠原自然文化研究所というところで働いていて、専門は海洋軟体生物だが、今はアカガシラカラスバトを絶滅させないために、野猫の捕獲や侵入できないよう防護ネットを張るなど涙ぐましい努力をしていたことを聞いた。
彼の4歳の娘さんも、私に興味を持ってくれて打ち解けあうことが出来た。奥さんとは心霊現象の話でなぜか盛り上がった。

私に「もしかして、幽霊を見たことがあるんじゃありませんか。」と訊ねてきた。
「なぜ、分かったんですか。」
「何となくそんな気がしたものですから。」

私の実体験の話をしたら興味津々で聞いていた。
こんな話ができる知り合いは非常に限られているのだが、小笠原でこんな話ができるとは予想外であった。 
話しながらいただいた亀刺やレバー、カメ煮や魚の刺身はとても美味しかった。
DSC04061

この出会いが、今回の旅の主目的になってしまったようだがお会いできてラッキーであった。
私は人との出会いには非常に恵まれている。「他力」の存在を信じてからは特にそうである。
「他力」は非常に誤解されやすい言葉であるが、「自力では全く及ばない不思議な宇宙エネルギー」とでも解釈できようか。「他力本願」は今や間違った使い方をされているが、「他力の風が吹く」とこういう出会いがあるのである。

旅は人それぞれでいいと思う。しかし、”旅”を通して出会った人たちとは不思議な縁で結ばれているのだ。
小笠原から山形に戻ったが、自転車の共同開発の話が20日に本格稼働する。こちらの話も「他力の風」が吹いている。55歳にしてようやくいろんなチャンスに恵まれるようになってきた。

五木寛之さんは「他力」のことをこう書いている。
「他力」こそ、これまでの宗教の常識を超え、私たちの乾いた心を刺激的に活性化する<魂のエネルギー>です。