私が大学に入学し、サイクリングクラブに入ったのは一人旅がしたかったからです。

ところが、1年生は国体予選に強制参加させられ、私の自転車デビューはピストなんです。

ドカヘルをかぶり、シューズにプレートを打ち込み前方が全く見えないほど前傾して全速力で走りました。はっきり言って全く面白くありませんでした。

その反動もあってか、その後は林道を好んで走るシクロツーリストになりました。自転車のいいところは、競わなくてもいいスポーツだというところです。

夏はキャンピング装備で一人旅です。自転車は競わなくてもいいスポーツ、旅の手段でもあります。1980年代というのは、旅人が沢山いました。いい時代に自転車を趣味にできたことはとてもラッキーでした。
一時期は、ルネ・エルスやアレックス・モールトンなどにも夢中になりましたが、自分で所有することはありませんでした。というより、そんなお金はなかったので買えなかっただけです。

ただ、私はBSCで自転車の開発をしていたのでフレーム設計は自分でできました。はじめはフレーム設計の知識は全くなく、エルスやモールトンのスケルトン測定などをして独学で勉強しました。
自分のお金でフルオーダーするのですから必死でした。いろんな壁にもぶつかりましたが、段々設計の要領が分かってきて、楽しくてたまりませんでした。

自転車というのは競技と全く関係ないところに面白さがあることを発見しました。「旅とは何か。」「生きるとは何か。」などという問題を解決するために自転車に夢中になり始めました。

いろんな本を読むようになりました。種田山頭火や山下清などの旅にあこがれ、バブルの時期は自然を破壊するような開発への反対運動などもしていました。釧路湿原のリゾート開発や小笠原諸島の飛行場建設反対運動などやっていました。バブルが崩壊したときはなぜかホッとしました。おかげで、釧路湿原も小笠原諸島もバブルの餌食にならずに済みました。

1986年からは、冬の北海道に夢中になりました。いろんな神秘体験をするようになっていき、知らないうちに「自転車は宗教だ。」と思うようになっていったのです。仏教やキリスト教の本を読み漁り全く頭では理解できなかったことを、自転車がいろいろ教えてくれたのです。
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スタートは自転車競技でしたが、もう一つの自転車の世界「非競技の世界」はワクワクするほど楽しい世界でした。大自然と対話することを覚え、「自転車という宗教」へどっぷり浸かってしまいました。

自転車歴40年、エンジンはだいぶパワーダウンしさび付いてきましたが、現在新しい設計方法による自転車を世に送り出そうとしています。

私の場合、競わなくていいスポーツの自転車に非常に興味を持ったのです。