インターネット社会ではいろんな2次情報にあふれています。
でも、それが真実かどうかは分かりません。分からないデータで能書きをたれる人が多すぎますね。
私が自転車を設計する時は、自分で実験したデータと体の声しか使いません。
体の声と言っても声が聴こえるわけではありません。自分の体から発信されている信号を読み取るのです。
快適なのか、苦痛なのか、どこから苦痛の信号が出ているのか、どの筋肉が働いているのかなどフィードバックしながら自転車に乗るのです。今、いろんな測定器が進歩してますからデータ化して使ってる人も多く見かけます。しかし、本当に有効なデータなのかは分かりません。
体はウソをつきません。だから一番信頼できる1次情報なのです。ただし、その情報を受信する人間のセンサー感度も高くなければならないし、気が付くかどうかはその人次第です。
私は時々、自転車に乗っていて記憶が飛ぶ現象が起こります。記憶が飛んでも、体は自動運転してくれるので異常事態が発生しないかぎり落車したりはしません。
記憶が飛ぶ現象は仏教でいう三昧の境地に入るからだと思います。また、稀にですが幽体離脱も起こります。今の車で言うアラウンドビューモニターのような画像が脳に投影されます。幽体離脱がなぜ起こるのかはまだ脳科学では解明されていません。
体の声に正直に自転車を設計すると、いい自転車が出来上がります。間違った情報が混在しないからです。自転車の設計はある意味飛行機の設計より難しいと思います。エンジンが人間であり、どんなエンジンが乗っかるかも分からないのに設計しなければわからないからです。
ただ、人間には共通した部分もあります。今まで、身長や股下とクランク長さには相関関係があると思われていましたが、私の研究では身長や股下でクランク長さは決定できないことが分かりました。
ある条件下においては、身長173cmである私の適正クランク長は140mmになります。
また、今まで標準とされていた165mmクランクでは長すぎるという結果も出ています。
身長とは全く関係ない要素で適正クランク長は決まるのです。
自転車の設計方法はまだだれ一人として解明されたことがない未開拓の世界なんです。
でも、それが真実かどうかは分かりません。分からないデータで能書きをたれる人が多すぎますね。
私が自転車を設計する時は、自分で実験したデータと体の声しか使いません。
体の声と言っても声が聴こえるわけではありません。自分の体から発信されている信号を読み取るのです。
快適なのか、苦痛なのか、どこから苦痛の信号が出ているのか、どの筋肉が働いているのかなどフィードバックしながら自転車に乗るのです。今、いろんな測定器が進歩してますからデータ化して使ってる人も多く見かけます。しかし、本当に有効なデータなのかは分かりません。
体はウソをつきません。だから一番信頼できる1次情報なのです。ただし、その情報を受信する人間のセンサー感度も高くなければならないし、気が付くかどうかはその人次第です。
私は時々、自転車に乗っていて記憶が飛ぶ現象が起こります。記憶が飛んでも、体は自動運転してくれるので異常事態が発生しないかぎり落車したりはしません。
記憶が飛ぶ現象は仏教でいう三昧の境地に入るからだと思います。また、稀にですが幽体離脱も起こります。今の車で言うアラウンドビューモニターのような画像が脳に投影されます。幽体離脱がなぜ起こるのかはまだ脳科学では解明されていません。
体の声に正直に自転車を設計すると、いい自転車が出来上がります。間違った情報が混在しないからです。自転車の設計はある意味飛行機の設計より難しいと思います。エンジンが人間であり、どんなエンジンが乗っかるかも分からないのに設計しなければわからないからです。
ただ、人間には共通した部分もあります。今まで、身長や股下とクランク長さには相関関係があると思われていましたが、私の研究では身長や股下でクランク長さは決定できないことが分かりました。
ある条件下においては、身長173cmである私の適正クランク長は140mmになります。
また、今まで標準とされていた165mmクランクでは長すぎるという結果も出ています。
身長とは全く関係ない要素で適正クランク長は決まるのです。
自転車の設計方法はまだだれ一人として解明されたことがない未開拓の世界なんです。
コメント
コメント一覧 (4)
人の感覚は第三者への説得力に欠けます
だから客観的に説得力のある数値化が必要なんです
言葉だけの情報だけの情報を信じて投資するのは賭けみたいなものです
個人として身体の感覚を重視するのは良いことだとは思います
輪行菩薩
がしました
こんばんは。
数値化したもので自転車を設計してはいけません。
物事には順番というものがあるんです。
まずは試乗して評価することです。だから、数値化したデータよりも1台の試作車のほうが説得力がある。乗れば説明は後でどうにでもなります。
人間の測定には数千万円の投資が必要です。売れるかどうか分からないものにそんな投資はできません。出来上がってから何を測定したらいいのか絞り込んで、測定可能な研究機関にでも測定依頼すればいいだけの話です。BSCがおかしくなったのは、数値化を優先したためとも言えるのです。
車のデザインでもわかるように、CADで本当のデザインはできない。粘土や木型を作って削ったり盛ったりして最終形状に持っていく。
トヨタ2000GTやいすゞ117クーペのような美しい曲線のデザインはアナログでしか表現できないんです。
それから、ブログ上では分かったような分からないような表現にあえてしてます。誰が見ているかわかりませんから。
輪行菩薩
がしました
ネットの世界は良きもの悪いものを見定める側も眼力も必要でしょう。
私は自転車は趣味の世界でしかないので、数値化よりも実体験での感覚重視ですが、他人を説得させる側となると数値化も大事になってきそうですね。
輪行菩薩
がしました
こんばんは。
私が重要視しているのは、例えば脚が麻痺した人が歩行はできないが、ペダリングができるなどということを重視しているんです。こういうことはいくら数値化したってわかりっこないことです。
ある学者が私に自転車の共同開発を持ちかけたとき最初に見せたのは論文でした。人間をリンク化して数式で説いたものです。私は数式よりも、その基となるモデリングを見た瞬間「これは自転車には使えません。」とはっきり言いました。それは、初期条件の設定が間違っていたからです。
ネット上で、自転車のOO理論というものは、たいがいこの初期条件が抜け落ちています。数値化する際、最も重要なのは初期条件なんです。たいがい、この初期条件を理解できた人は答えを導き出せます。自転車の理論の大半は机上の空論でしかないのです。鳥山先生も数値化や数式に囚われてしまった人なので、ほとんど使い物にならない。
ちゃんと謎を解き明かしたうえで、説明の便宜上数値を使うというだけです。
BBHと操縦安定性のことは、数式では解けないのです。私は経験値として体に染みついているので分かりますが。
自転車の常識は全て間違ってると思った方が謎を解く近道だったりします。
輪行菩薩
がしました